22/7PV『あの日の彼女たち』の可能性

久しぶりの更新です。かねてからちょくちょく耳にしていた秋元康総合プロデュースのアイドルユニット22/7。正直、今までほとんどノータッチで半年ほど前から公開されていたPVも全く見ていなかったのですが、今回知り合いからおススメされたのでPVに関しての感想を書いていきます。

22/7のPVは、1つのPVに一人のキャラクターがフォーカスされる形で現時点では7人のPVが公開されている。キャラクターデザインは『けいおん』でおなじみの堀口悠紀子。監督は若林信、原画には小林恵祐、大山神、江澤京詩郎ら『エロマンガ先生』の8話で話題になった若手がメインで張っている。アニメーション制作はClover Works。このスタジオ、自分は今回初めて知ったがA-1 picturesの高円寺スタジオを新設したらしい。

 

肝心のPVの中身はそれぞれのアイドルたちの他愛もない日常の一コマを切り取ったようなシーンから構成されている。電車での帰路やレッスンでの一場面など、そんな何気ないシーンを圧倒的に「世界」の側を豊かに描くことで、アニメーションとして成立させているのだ。

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たとえば、このPVの1:25からのカット。壁越しに戸田ジュンがこちらを覗くカットだが、壁の陰に注目してほしい。淡い逆光によってキャラクターの影が壁に反映されている。一般的なテレビシリーズではまず拝めないような撮影のこだわりだろう。このほかにもライティングにおけるこだわりは随所に見受けられる。また、できる限りBGMを使用しないことで、彼女たちの日常生活の空間、「世界」を大切にしていることが分かる。「世界」の側を淡々と、徹底してリアルに描くことでリアリズムを獲得する。高畑監督から近年の京都アニメーションへの流れ、自然主義的リアリズムのようなこだわり感じることが出来る。

一方、肝心のキャラクターとしての彼女たちの内面や物語性は、ほとんどと言っていいほど描かれていない。「このキャラクターだからこの場所で○○している」といったような必然性が意図的に排除されているのだ。実際に若林監督が自身のTwitterにて、脚本家がいない旨をツイートしている。

 このことは特にエヴァ以降のテレビアニメがファンの2次創作に対して自覚的な立ち位置をとり、そういった創作活動も取り込みながら駆動している背景(オリジナルなきコピー)を考えれば納得だろう。言い換えれば、このPVも若林監督の22/7に対する2次創作だと捉えることもできるだろう。22/7のプロジェクトにおいてオリジナルな物語性は初めから用意されていない。ファンはそれぞれのPVで描かれる人間関係やキャラの断片から、各々創発的に自分だけの「物語」を読み取っていく。と、ここまで書いてきたがファンによる2次創作の設定を公式側が作品に取り入れるといった現象自体は珍しいものでもないし、そうした活動との両輪でゼロ年代以降のアニメ文化は歩んできたと言える。しかし、22/7のようにここまで自覚的なプロジェクトは今までなかったように思うので今後が楽しみである。

みぞれの物語としての『リズと青い鳥』

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 先日、京都アニメーション劇場最新作『リズと青い鳥』を鑑賞した。テレビシリーズ『響け!ユーフォニアム』のスピンオフ的位置づけの今作は、テレビシリーズではあまり焦点の当てられることのなかったみぞれと希美の関係性を深く掘り下げている。主要スタッフは監督の山田尚子をはじめとして『聲の形』のメンバーが集結しているだけあって、「音」の表現方法はより洗練されている。『聲の形』が聴覚障害の少女を中心としたディスコミュニケーションの物語であったとしたら、今作『リズと青い鳥』はみぞれと希美のディスジョイント(disjoint)の物語であると言えるだろう。山田尚子はdisjointというテーマを通して、みぞれと希美の羨望と絶望、持つ者と持たざる者の歪な関係をどのように描き出そうとしたのだろうか。

 劇中で印象的に挿入されるdisjointの文字は、みぞれと希美の関係性を表す。2人の歪でバラバラな関係。それは単純に、みぞれは内向的で希美は外交的であることや、最終的に2人が別々の進路を決めたことに代表されるようなキャラクターの表層的な位置関係を意味するものではない。disjointとは二人の関係性への歪な接続方法の比喩である。みぞれにとって希美とは特別な存在であり、ゆえに彼女にとっての世界のすべてであると言い換えることができる。みぞれの希美に対する一方的な思いは「ずっとずっと、一緒にいられると思っていた。」というキャッチコピーでも同様に語られる。そんなみぞれは希美との関係をつなぐ回路(それはみぞれにとって世界のすべてに接続することとほとんど同義である。)として「楽器」という歪な方法しか持ちえない。『響け!ユーフォニアム2』第4話においても、みぞれが「楽器だけが、わたしとの希美をつなぐものだから」と言うセリフを確認することができる。今作では、みぞれが希美の音大進学を理由に自分も音大に進学を決めるシーンも、彼女との接続方法に楽器しか持たないみぞれゆえの選択と言えるだろう。この希美への過剰とも言えるまでの思いは、中学生のときに希美が友達を作りたくても作ることのできなかったみぞれに唯一声をかけた存在だという回想を積み重ねて、説得力のあるものとして画面に現れる。

 物語の中盤でみぞれは、劇中劇『リズと青い鳥』の解釈を通して、それまでの希美との演奏から一転、自分の本当の実力を見せるかのようにオーボエを吹く。みぞれと希美の関係性はこのシーンを境に決定的に変化する。みぞれは、もうそれまでのように希美に合わせてオーボエを吹く必要はない。このとき、彼女は希美との関係性への唯一の接続方法としての楽器を手放し、彼女との新しい関係性を模索し始める。2人は別々の進路を歩むのだろうということは、終盤以降の演出が痛いほどに示唆している。しかし、彼女たちの表面的なキャラクターとしての立ち位置とは裏腹に、2人のこれからの関係性は決して否定的なものとして描かれていない。ラストシーンで2人の言葉が重なり合ったとき、みぞれから希美に向けて「ハッピーアイスクリーム」と言うセリフは、希美のしたいことをするのでもなく、楽器を通してでもない、新しい関係性(disjointからjointへ)を私たちに予感させる。